お気に入りのカフェ

月に1回市外の某100万人都市に通院しています。病気は大したことはありません。なので午前中に病院が終わった後は、ランチをして町をプラプラしています。
そこで、いつも迷うのは一人ランチです。 若い時は一人でごはん屋さんに入るのが苦手だったので、一人でも大丈夫そうなハンバーガー屋さんやフードコートで食べるのがもっぱらでした。
でも、一人で食事をするのもだいぶ慣れてきて、おしゃれなカフェにも入れるようになりました。
 
最近はまっていたのは、栗原はるみさんプロデュースの「ゆとりの空間」というカフェです。少し高いですが、ランチのセットは野菜がたっぷりでデザートまでついてくるので本当に嬉しい。大好きなカフェです。
他に好きなカフェは「イノダコーヒ」です。コーヒーと伸ばさない点はあまり知られていないでしょうか。ナポリタンが本当においしく、良く食べます。店名にコーヒとついているだけあって、コーヒーもとても美味しいのです。雰囲気も素敵なので、時々利用します。
 
最近気になっているのは、よつ葉乳業がやっている「よつ葉ホワイトコージー」というカフェです。
ここはパフェが凄く人気です。お食事をするとスモールパフェが安く食べられるようなのですが、食べきれるか心配でいつも入るのを迷ってしまいます。一度パフェだけ食べてみるといいのかもしれません。
これからも、どんどん新しいカフェを開拓していこうと思っています。

冬は睡眠中の水分不足に注意しましょう

脱水症状と言うと猛暑や発熱でたくさん汗をかいた時になる症状と思いがちですが、実は空気が乾燥している冬の睡眠時も注意が必要です。

人はほとんど食べ物や飲み物から水分を補給しているのですが、その他に呼吸をする時に空気中の水分も体の中に入れています。

例えば梅雨時など、雨天が続いている時はなぜか排尿の回数が多いという方がいると思います。

私も同じような経験があって、冬の湿度の低い日はトイレの回数が少なくなります。

起きている時は好きな時にいつでも水やお茶を飲む事が出来ますが、寝室でも目が覚めた時にすぐに水分補給が出来るように枕元に飲み物を置いておくといいと思います。

私は以前空気が乾燥した日の夜中に急に目が覚めて、呼吸が乱れて心臓の鼓動が速くなった事がありました。

最初は過呼吸を疑いましたが、この症状になるのは真冬が多い事に気づいて脱水症状ではないかと思いました。

実際、症状が出た時にドリンクを飲むと治ったので、やはり水分不足が原因だったようです。

冬はもともと室内と室外の気温差で心臓に負担がかかりやすい環境なので、こまめな水分補給は必要だと思います。

脱水症状が重くなると呼吸の乱れの他に、頭痛やめまいも起こるので注意が必要です。

腰痛に悩む時分の変わり目がやって来た

若い頃に無理をして腰を痛めて入院して以降、シーズンの変わり目や梅雨の陽気などに何もしていなくても腰がじわじわと痛み出します。
ぬるめのお風呂でじっくり温めたり、腰痛ベルトをしたりと自分なりに戦略はしているのですが、
この季節の変わり目に起こる腰痛だけは、どうにも護衛が出来ないのです。
腰痛が出た時折駄目をせずなるべく安静にしていた方が良いと胸ではわかっているのですが、労働も家庭も待ってはくれません。
原則無理をして働くしか無いので、痛苦を抱えながらガマンをするより他にないのです。
そうして今日も、特に腰を傷つける事など何もしていないのに、腰のインサイドがじわじわするような痛苦がやってきました。
こういう痛苦が出てきたは、春もほど近いなと言う事なのでしょうね。
寒さが苦手なので、温度が次第に温かくなって木の芽も芽吹く春は好きなシーズンなのですが、その前にやって来る腰痛にはこの先も悩まされ積み重ねるのでしょうか。
数日間はなるべく耐え難い動きはせずに、家庭も労働もゆるゆる決めると思います。
こんな時に、私の代わりに働いてくれるもう独力の自分がいたらいいのにな、なんてつい夢を通してしまう。
今年も腰痛ベルトとお友達になって、シーズンの変わり目をやり過ごしていこうと思います。

読書させること

うちの子供が今年から通っている小学校では、読書を推進しています。

本を読むことはとても良いと、読み聞かせの時間があったり、週に数回は本を図書室に行って借りて持って帰って読んでくるように決まってます。

だから、まだ一年生だというのに息子はランドセル以外にも良く重そうな本を入れた手提げを持ってトコトコ帰ってきています。

それを見るたびに、そんなに無理して本なんて読ませなくても好きな子は読むし好きじゃない子は読まないよ、と思っちゃいます。

読書すると本当に頭が良くなるのでしょうか。

でも、我が家の息子は元からとにかく本が好きで、借りてきた本を長いのにちゃんと最初から最後まで読んでます。

それも見てると結構読むスピードが速いなと思います。

字を読むことへの抵抗感がないのはやはり良いことですよね。

読書する我が子はやはり特に勉強も嫌がらないので今のところは成績も優秀な方です。

まあ、まだ公立小学校の一年生だから100点で当たり前なんですけどね。

だから息子を見てると、無理に読書させたからって成績が良くなる訳ではないけど、読書する子は成績が優秀になるのは理解出来るかな、と思えてきました。

反対に、次男は全然幼稚園児とはいえ本に興味がなくて、心配になっちゃいます。

読み聞かせしてても他のことしてるし、聞いてないし。

読書するかどうかって子供の個性なんでしょう。

結婚までいよいよカウントダウン!

仕事を始めては辞め…を繰り返し、毎月ちょっとだけお給料が入ります。
もらっていいものか負い目を感じますが、結局もらっています。

来月3連休にとうとう引っ越しをすることになりました。
2歳から住んできた大阪を離れるまで一月を切りました。
そうして、3連休明けの大安に、入籍をする予定だ。
とうとう私、名前が変わります。
本籍地から戸籍謄本も既に取寄せました。

今も相変わらず無職で、日々家電家具の研究(?)をしています。
どのメーカーがいいかとか、どこが安っぽいかとか、どういう家具があるか?などです。

料理は、料理本をよむ様にしたり、
母親が毎日定める夕食のレシピを聞いたり、メニューをメモしたりして、
それをノートにまとめている。

今後スーパーでの野菜や肉の相場を分かる為、チラシを探る様にしたりもしている。
因みに新居の周りにはスーパーが3件あり、大きな商店街もあります。
スーパーに行った時は、真に自分が買い物するとしたら…?と仮定して、回ってみますが、
途方に暮れてしまいます。主婦務まるのかな…? と不安です。

結婚式の準備も順調に進んでいます。
やっとウエディングドレスが決まり、今はカクテルドレスを選んでいる。
来週から招待状のデザインを決め始めます。
なんかいよいよやな…って感じだ。

デジタルばかりが能じゃない

最近、目覚まし時計が壊れてしまいました。長針を12に合わせると、短針が二つの数字の間に来てしまうようになったのです。これでは目覚まし時計としては使い物になりませんので、新しいものを買ってくることにしました。

さて売り場に着たはいいものの、置かれているのはどれもデジタル文字盤の時計ばかり。確かに、今はアナログ文字盤でも電池式で中に電子回路が入っていることがほとんどです。今回の私のように針が壊れてしまうことも考えればデジタル文字盤の方が安心できるかもしれません。ですが、それでも私はアナログ文字盤の方が好きなのです。

暫く売り場を探すと、裏手の方にアナログ文字盤の時計は集められていました。その中から自分の気に入るものを探すと、頭にベルが付いた古典的な目覚まし時計を複数発見しました。私は生来レトロな雰囲気を出すものが大好きだったので、早速これらのタイプを選ぶことにしました。

幾らか悩んで決定したのは、如何やら全体が銅で出来ていると思しき茶色い時計でした。サイズも大きい分だけベルも大きく、さぞいい音を立ててくれるに違いないと考えたためこれに決定しました。

早速家に帰って音を鳴らすと、ひどく耳に障る音がします。この音ならば、以前の「ピピピ」といった音よりも却って目が覚めるでしょう。実際に眠って確かめてみたところ、一瞬で起こされてしまいました。やはり、私にはデジタルが全てではないようです。

流れを知っています

100円の乳しか知らない階級は、可愛そうです。何でも安く支払えるのが当たりまえと考え、多少なりとも高くなると、意気が250円の乳を分かるヒトよりも苦しいでしょう。
どうしても、こう繋がると、ベター額が必要です。安かろう悪かろうは、日本の伝統だ。安物買いの銭失いもそうです。
別に、条件は削れませんね。家電量販店でも、工事費だけは安くはできない体系だ。当たりまえといえば当たり前です。
これからは、方法を有するヒトが生き残るのかもしれません。また、ベター額を知っていることも、重要です。
保育チャージが良いといいますが、大事な赤ん坊を預け入れるのに、安すぎます。昔は、ばあやを雇っていたのですから。単価は、3分の1いかだ。

初めて疑問に思った経験があります

消化が出来るかどうかは初めて疑問に思った経験があります。

障害の生徒がいた時に、食事を共にすることがあり、その時の消化のした感覚のなさにびっくりしたことがあります。

消化をするのが普通だと思っているわけですよ。

そこで障害の人が物を消化しているかどうかは知らなかったわけです。

食事すら目の前にしながら機会があったわけですが、食べている健常者はいつも通りの食事なわけですよ。

食べても危害なんだか、全く自分の取るべき食事のスタンスとは違った考えみたいなのになってきて、消化がされるべき物が丸で吐かれるかのような作用になったわけです。

びっくりしましたよ。機会すらあるのが頼りないなと世間にまた思ったわけですが、初めてとは言うものの、外食での機会だと学校などの概念の中でよりは自然が広い概念なわけなんですよね。

危害さえ無ければ、こんな一瞬の消化不良は起こらなかったかもしれないなと思うわけです。

静かな時もあるから珍しく感じたんだなと分かるのですが、危害が食事の時にあったかのようにたまに癒えない気持ちが思い出されるわけです。

だからと言って、いつもではないんですよね。

食事自体がものの一時間とかそのくらいだからなんですよね。

その偶然とかのエネルギーで起こった消化不良などは、不思議なことにある一定の経験として健常者の記憶にあるわけです。